1989年、東京都足立区綾瀬で起きた事件は、日本中に衝撃を与えました。

検察をして「犯罪史上においても稀に見る重大かつ凶悪な犯罪」と言わしめたこのノンフィクションを読み解くことは、決して心地よいものではありません。

しかし、この暗闇の中には私たちが守るべき「持続的な幸福」の防波堤が、どこにあるのかを教える教訓が隠されています。

今回は事件の残虐性を追うのではなく、なぜこの悲劇が止められなかったのか、そして私たちが次世代にどのような環境を用意すべきなのかを、3つの視点から考察します。

1. 生活基盤の同期:親の背中と生活リズム

本書を読み進める中で痛感するのは、加害者となった少年たちの家庭環境における「断絶」です。

生活スタイルの不一致が招くもの

親が夜の仕事に従事するなど、子供と生活リズムが大きく乖離(かいり)している家庭では、監視の目が行き届かないだけでなく、「情緒的な安全基地」が失われがちです。

ポジティブ心理学において、幸福の基盤は**「良好な関係性(Relationships)」**にあります。しかし、この関係性はただ存在すればいいわけではありません。

同じ時間に食事をし、同じリズムで生活するという「日常の共有」こそが、子供の道徳観や自制心を育む土壌となります。

親が夜不在であることは、少年たちにとって「法も倫理も届かない解放区」を与えてしまったに等しいのかもしれません。

「二人」で育てるということの意味

片親であることが直ちに非行に繋がるわけではありませんが、両親が揃い、互いに補完し合いながら子供を見守る体制があることは、リスクヘッジとして非常に強力です。

一方が見逃した予兆をもう一方が気づく、あるいは一方が厳しく接した際にもう一方が逃げ道(癒やし)になる。この「二重のセーフティネット」が、子供を暴走から踏みとどまらせる大きな要因となります。

2. 環境のゆとり:金銭的・精神的レジリエンス

経済的ゆとりが生む選択肢

本書に描かれる舞台裏には、劣悪な住環境や、常に何かに追われるような切迫感が漂っています。

金銭的な余裕は、単に贅沢ができるということではありません。それは「環境を選ぶ権利」を持つということです。

  • 荒廃した交友関係から物理的に距離を置くための引っ越し。

  • 習い事やスポーツなど、エネルギーを建設的に発散できる場所への投資。

これらはすべて、ある程度の経済的余剰があって初めて可能になります。

環境への配慮という投資

ウェルビーイングを支える要素の一つに「達成(Accomplishment)」がありますが、劣悪な環境下では、少年たちの「達成感」が「暴力」や「他者の支配」という歪んだ形で発現してしまいます。

金銭的なゆとりによって、健全な挑戦ができる環境を整えてあげることは、結果として「持続的な幸福」の土台を死守することに繋がります。

3.「一貫性の原理」の恐怖:最初の芽を摘む勇気

心理学には**「一貫性の原理」**という言葉があります。

人は一度ある方向へ行動を起こしてしまうと、その後の行動もそれと矛盾しないように続けてしまうという心理傾向です。

暴力の加速装置

この事件がなぜこれほどまで長期間にわたり、救いのない結末へと突き進んでしまったのか。

それは、最初の「小さな暴力」や「監禁」が始まった時点で、少年たちの心理に「ここまでやったのだから、もう後戻りはできない」という破滅的な一貫性が働いてしまったからです。

非行やいじめは、一度火がつくと加速度的に激化します。そこには「途中でやめることは、これまでの自分の非を認めることになる」という恐怖が伴うからです。

最初の部分を断つことの重要性

私たちがこの悲劇から学ぶべき最も重い教訓は、**「最初の違和感で介入する」**ことの重要性です。

  • 「少し言葉が荒くなった」

  • 「夜遊びが増えた」

  • 「持ち物に不審な点がある」

これらのように、一見どこにでもあるような「小さな兆候」の段階で、毅然とした態度でその連鎖を断ち切らなければなりません。

一度システムが回り始めてしまうと、当事者たちの自浄作用(じじょうさよう)で止めることは不可能に近いのです。

結びに:幸福の「前段階」を守り抜く

『女子高生コンクリート詰め殺人事件』は、読む者に強い憤りと深い悲しみを与えます。

しかし、私たちがこの物語から目を背けずに学び取らなければならないのは、「持続的な幸福」を築くためには、まず「圧倒的な不幸」を招く構造を知り、それを塞ぐ必要があるということです。

  1. 生活の同期:親子が同じ地平で生きること。

  2. 環境の整備:経済的なゆとりを、子供を守るための盾として使うこと。

  3. 早期の介入:一貫性の原理が働く前に、負の連鎖を断つこと。

これらは、きらびやかな「幸福論」ではありません。しかし、平穏な日常を守り、子供たちが健やかに成長するための、最も基本的で、かつ最も重要なマインドセットです。

悲劇を繰り返さないために、私たちは「環境」という名の庭を、日々手入れし続けなければなりません。

参考文献