王さんの「人生、いい時ばかりではなかった。でも、不満だったことはない」という言葉は、状況に左右されない内面的な充足感を示唆しています。
『野球にときめいてー王貞治、半生を語る』は世界のホームラン王として知られる王貞治氏が、自身の生い立ちから現役時代の葛藤、そして指導者としての歩みを率直に綴った自伝的記録です。
本書からは、一人の人間が「一つのこと」に情熱を注ぎ続けるプロセスと、困難を乗り越えるための精神哲学が浮かび上がります。
1. 宿命と偶然が織りなす「野球少年」の誕生

王貞治という偉大な野球人の物語は、いくつもの「偶然」から始まります。
彼は双子として生まれましたが、相方は幼くして亡くなり、自身も虚弱児として育ちました。しかし、そのことが逆に「生きていることのありがたみ」を無意識に刻み込む原体験となったのかもしれません。
また、左利きであった彼が野球と出会い、後に「世界の王」となる基礎を築いたのは、墨田区のガキ大将だった少年時代に、偶然通りかかった現役プロ選手(後の恩師・荒川博氏)から「左で打て」と助言を受けたことに端を発します。
都立高校の受験失敗という挫折を経て進んだ早稲田実業学校で、彼はエースとして甲子園優勝を果たしますが、この時点ではまだ「打者・王」としての才能は開花していませんでした。
王氏は振り返ります。人生には自分の意志ではどうにもならない運命的な分岐点がある。しかし、その分岐点でどの道を選び、どう向き合うかがその後の人生を決定づけるのだと。
2. 苦闘の末に掴んだ「一本足打法」と自己の確立
鳴り物入りで読売巨人軍に入団した王氏を待っていたのは、プロの厳しい洗礼でした。
最初の3年間は「三振王」と揶揄されるほどの極度のスランプに陥ります。この時期の苦悩は深く、夜も眠れないほど精神的に追い詰められていました。
転機となったのは、打撃コーチに就任した荒川氏との出会い、そして伝説の「一本足打法」の誕生です。二人は「合気道」の精神を取り入れ、毎日のように深夜まで真剣を振るような壮絶な練習を繰り返しました。
王氏にとって、この練習は単なるスキルの習得ではなく、自身の「氣」を一点に集中させ、迷いを断ち切るための修行に近いものでした。
ここで注目すべきは、彼が「短所を直すのではなく、長所を圧倒的に伸ばすことで短所を補った」という点です。
三振の多さを気にするのではなく、ホームランを打つための形を追求し抜いた結果、彼は独自のスタイルを確立しました。これは、自己を肯定し、強みを磨くことが幸福感や自信にどう繋がるかを示す重要なエピソードです。
3. 「ON時代」の光と影、そして長嶋茂雄という存在
王氏の現役時代を語る上で欠かせないのが、長嶋茂雄氏とのコンビ(ON砲)です。
太陽のように天性の明るさを放つ長嶋氏に対し、王氏は常に自分を厳しく律し、求道者のように野球と向き合いました。
王氏は本書の中で、長嶋氏の「人の悪口を絶対に言わない」という姿勢に深い敬意を表しています。
異なる才能と性格を持つ二人が、互いを尊重し、切磋琢磨することで巨人の黄金時代(V9)を築き上げたプロセスは、組織における調和と個人の自己実現の見事な融合と言えます。
ホームラン記録を塗り替え続ける日々の中で、彼は「打った瞬間に確信する快感」と、それとは裏腹に常に襲いかかる「明日打てなくなるかもしれないという恐怖」の狭間にいました。
しかし、その緊張感こそが彼を突き動かすエネルギーであり、野球に対する「ときめき」の源泉だったのです。
4. 指導者としての試練と「新天地」での開花
1980年、まだ現役としてやれる実力を持ちながら、王氏は潔く引退を決意します。
その後の巨人軍監督時代は、ファンやメディアからの厳しい批判にさらされる苦難の連続でした。しかし、この時期の経験が、後に福岡ダイエーホークス(現・ソフトバンク)の監督として結実することになります。
九州という新天地で、彼は「勝つこと」の難しさと喜びを改めて学びます。当初は負けが込み、バスに卵を投げつけられるような屈辱も味わいましたが、彼は決して逃げませんでした。
選手たちに「なぜ野球をやるのか」「プロとは何か」を根気強く説き続け、弱小球団を常勝軍団へと変貌させたのです。
また、2006年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)では日本代表監督として初代王者に輝きました。
病との闘いもありましたが、王さんは常に「前を向くこと」を選択し続けました。
5. 結論:不満を持たず、今を懸命に生きる哲学

本書を締めくくるのは、王氏の「一本道」という哲学です。彼は野球という一つの道にすべてを捧げてきましたが、それを「犠牲」とは考えていません。
「人生、いい時ばかりではなかった。でも、不満だったことはない」
この一文には、どんな状況にあっても、それを自分の人生の一部として受け入れ、ベストを尽くしてきた自負が込められています。
幸福とは、外から与えられる環境や結果にあるのではなく、自分が決めた道を、誠実に、そして「ときめき」を持って歩み続けるその過程にこそ存在するのだと思います。
王貞治氏の半生は、単なるスポーツ選手の成功物語ではありません。それは、自分自身の「役割」を見出し、他者への感謝を忘れず、困難を成長の糧とするための「生き方の教科書」と言えるでしょう。